法人登記の原本還付とは何か:制度の基礎知識
法人登記の手続きにおいて、原本還付は「提出した重要書類を手元に戻す」ための必須知識です。まずは、この制度がどのような仕組みで成り立っているのか、その基本的な定義と、申請者が自らアクションを起こさなければならないという能動的な性質について解説します。
原本還付手続きの定義とその仕組み
法人登記における「原本還付」とは、登記申請に際して法務局(登記所)へ提出した添付書類のオリジナル(原本)を、登記完了後に申請人へ返還してもらうための特別な手続きを指します。
通常、役所への申請書類は一度提出すると戻ってこないのが一般的ですが、法人登記においては、その書類が会社法上の保存義務を伴うものであることや、他の行政・金融手続きで反復して使用されることを考慮し、申請者の請求に基づいて原本を返す仕組みが整えられています。
この手続きは、法務局側が「提出された原本が真正なものであるか」を確認し、その内容を登記簿に反映させた後、法務局保管用のコピー(写し)と引き換えに原本をリリースするというプロセスで進められます。
原本還付は「自動的」には行われない
ここで最も注意すべき点は、原本還付が「申請すれば自動的に行われるサービスではない」ということです。登記申請書とは別に、あるいは申請書内の明確な意思表示として「原本を返してください」という請求を行わなければ、原本は法務局のアーカイブにそのまま保管され、二度と手元には戻りません。
特に初めて法人登記をご自身で行う場合、この「請求のステップ」を失念し、後から議事録が手元になくて困るというトラブルが多発しています。実務上は、申請の準備段階で「どの書類を還付させるか」をリストアップしておく必要があります。
法人登記で原本還付が不可欠な理由と重要性
なぜ、多くの会社が手間をかけてまで原本の返還を求めるのでしょうか。そこには、単なる「控えを持っておきたい」という希望を超えた、法的な義務や実務上の必要性が深く関わっています。ここでは、原本還付を怠った際に生じるリスクと、原本を保持し続けることの意義を3つの視点から深掘りして紹介します。
会社法上の書類保存義務(コンプライアンス)
株式会社や合同会社などの法人は、会社法によって重要書類の保存期間が定められています。
- 株主総会議事録・取締役会議事録: 本店にて10年間の保存義務
- 定款: 会社の存続期間中、常に保存
もし原本還付を受けずに法務局に預けっぱなしにしてしまうと、会社としての法的義務を果たせなくなる恐れがあります。これは単なる事務的なミスの枠を超え、企業のガバナンスやコンプライアンスに関わる問題です。
金融機関や行政機関での「原本提示」の要求
登記完了後、会社が次に行うアクションの多くで議事録等の原本が必要になります。
- 銀行での口座開設・代表者変更: 議事録の原本提示を求められることが一般的。
- 補助金・助成金の申請: 意思決定のプロセスを証明するために原本の写しが必要。
- 許認可申請(建設業や宅建業など): 役員の就任状況を証明する書類として原本が必要。
これらの手続きは登記完了と同時並行で進むことが多いため、原本が手元にないことはビジネスのスピードを著しく阻害します。
将来の社内トラブル・訴訟への備え
議事録や辞任届は、誰がいつ、どのような意思決定をしたかを証明する「最後の砦」です。将来的に役員間や株主との間で紛争が生じた際、法務局に提出したきり原本がない状態では、証拠能力に疑義が生じたり、立証が困難になったりするリスクがあります。
原本還付の対象となる書類・ならない書類の仕分け
登記申請には多くの書類を添付しますが、すべての書類が還付の対象となるわけではありません。法務局に預けておくべき書類と、会社に持ち帰るべき書類を正確に区別することが、スムーズな書類準備の第一歩となります。
ここでは還付が必要な代表例と、例外的な取り扱いについて整理します。
必ず還付を受けるべき重要書類
実務上、以下の書類はほぼ100%原本還付を行います。
- 株主総会議事録: 会社の最高意思決定機関の記録であり、再作成が困難なため。
- 取締役会議事録(または取締役の同意書): 業務執行の決定を証明するため。
- 就任承諾書: 役員本人が就任を承諾した証であり、個人の実印や署名が含まれるため。
- 辞任届: 退任の意思を証明する一回性の高い書類であるため。
- 定款: 会社の根本規則であり、公証役場の原本以外の「会社保管用原本」を確保するため。
還付が不要、またはできない書類
一方で、還付を請求する必要がない、あるいは制度上対象外となるものもあります。
- 登記申請書: 法務局へ提出するメインの書類であり、還付の対象外。
- 印鑑届書: 法務局の印鑑登録のための書類。
- 登録免許税の納付済証(領収書): 申請書に貼り付けて消印されるため戻りません。
- 委任状: 代理人に権限を委託した証であり、通常は法務局が保管します(ただし、他の用途で使う場合は還付請求も可能)。
判断に迷う書類(印鑑証明書や住民票など)
市役所等で発行された「印鑑証明書」や「住民票」については、以下のルールがあります。
原則: 登記のために取得した最新の証明書は、法務局にそのまま提出し、還付を受けないのが一般的です。
例外: 遺産分割協議書など、他の手続きでも使い回したい「唯一の原本」に合綴されている証明書などは還付請求が可能ですが、通常は「登記用」として別途取得したものを提出します。
【ケース別】法人登記で原本還付が必要な書類一覧
法人登記の内容によって、提出すべき書類のパッケージは大きく異なります。自身のケースでは何が「還付対象」になるのかを具体的に把握することが重要です。
ここでは代表的な4つのケーススタディを取り上げ、実務上のチェックポイントを詳細に解説します。
ケース1:株式会社の設立登記
会社設立時は、会社の「誕生」を証明する極めて重要な書類が揃います。
還付すべき書類: 定款(発起人全員の署名・捺印があるもの)、発起人の同意書、設立時取締役の就任承諾書、払込証明書。 特に定款は、公証役場で認証を受けた後、会社に一部、法務局に一部という形で提出されることが多いため、会社保管分としての原本を還付してもらうのが一般的です。払込証明書については、通帳のコピーを合綴した原本を戻してもらうことで、後の銀行手続き等でのエビデンスとして利用できます。
ケース2:役員変更(改選・増員・辞任)登記
役員の入れ替わりは頻繁に起こる登記ですが、各役員の「個人の意思」に関わる書類が多く含まれます。
還付すべき書類: 定時または臨時株主総会議事録、取締役会議事録(または互選書)、就任承諾書、辞任届、本人確認書類(免許証のコピー等)。 辞任届や就任承諾書は、役員本人と会社との契約関係を示す重要な証拠です。これらを還付せず法務局に置いたままにすると、後日「辞任した覚えがない」「就任を承諾していない」といった争いが起きた際、会社側が即座に原本を提示できず不利になるリスクがあります。
ケース3:本店移転登記(管轄外・管轄内)
本拠地の移動に際しては、定款の変更を伴うことが多いため、議事録の扱いが中心となります。
還付すべき書類: 株主総会議事録、取締役決定書(または取締役会議事録)。 管轄外への移転の場合、旧法務局と新法務局の両方で審査が行われるような形式になりますが、原本還付請求を適切に行うことで、移転後の新しい所在地での銀行口座住所変更や税務署への届出がスムーズになります。
ケース4:商号変更・目的変更登記
会社の名称や事業内容を変更する際も、定款変更の手続きが伴います。
還付すべき書類: 株主総会議事録。 商号や目的は、取引先との基本契約書や、許認可の変更申請に直結します。多くの場合、変更後の登記事項証明書(謄本)だけでなく、その決定プロセスを示す議事録原本の提示を求められるため、確実に還付を受けておくべきです。
【実務編】原本還付請求書の書き方と構成要素
原本還付を成功させるためには、正確な「原本還付請求書」の作成が鍵となります。ここでは、不備が出ないための書き方を深掘りして説明します。
請求書のレイアウトと必要項目
法令でガチガチの様式が決まっているわけではありませんが、実務上以下の構成が標準的です。
- タイトル: 「原本還付請求書」と中央に記載。
- 事件の表示: 登記の目的(例:株式会社変更登記申請)を記載。
- 還付を求める旨の明示: 「本件申請のために提出した添付書類のうち、別紙(または下記)の書類について原本の還付を請求します。」
- 書類の一覧: 還付してほしい書類を具体的に列挙。
- 日付: 申請日と同じ日付。
- 申請人情報: 商号、本店所在地、代表者氏名。
書類名の記載における「完全一致」の原則
法務局の職員は、申請書の「添付書類欄」と「原本還付請求書」を突き合わせます。ここで名称が1文字でも違うと、補正(修正)を指示されることがあります。
- 悪い例: 「議事録」
- 良い例: 「臨時株主総会議事録」 ※書類に記載されているタイトルと正確に一致させてください。
押印のルールと実務の慣習
原本還付請求書への押印は、登記申請書に押した「代表者印(実印)」を使用するのが最も無難で確実です。法的には認印でも通るケースがありますが、法務局側の確認作業をスムーズにするため、実印での統一を推奨します。
【詳細解説】原本還付のための「原本証明」と製本ルール
原本還付を受けるためには、原本の代わりとなる「コピー」に、その内容が本物であることを保証する文言と印鑑を添える「原本証明」が必要です。単なるコピーを出すだけでは受理されません。
ここでは、法的に有効なコピーの作成方法と、複数枚にわたる書類の綴じ方(製本)について詳しく解説します。
原本証明の具体的な文言と押印の作法
コピーした書類の余白(通常は最終ページの末尾)に、以下の証明文を記載します。 「本謄本は原本と相違ありません。 令和〇年〇月〇日 (本店所在地) (商号) 代表取締役 〇〇 〇〇 (印)」 この際、使用する印鑑は登記申請書に使用したものと同じ代表者印が最も望ましいです。ゴム印を使用しても問題ありませんが、記載内容が登記簿上の情報と完全に一致している必要があります。また、この証明文自体が「会社が原本の正当性を保証した」という強い意味を持つことを理解しておきましょう。
複数枚にわたる書類の「袋綴じ」と「契印」のルール
議事録などの書類が2枚以上にわたる場合、それらが「ひと続きの文書」であることを証明しなければなりません。これには2つの方法があります。
- 各ページの境目に契印(割印)を押す: すべての見開きページに、またがるように代表者印を押します。枚数が多いと大変な作業になり、押し忘れのリスクも高まります。
- 袋綴じ(製本)にする: ホチキスで留めた後、背表紙を製本テープや細長く切った紙で覆い、テープと本体の境目に1箇所(または表裏2箇所)だけ契印を押します。 実務上、枚数が多い場合は袋綴じにする方が、美観も良く、押し忘れのミスも防げるため推奨されます。
本人確認書類(免許証等)のコピーに関する特例
役員変更登記等で提出する「運転免許証のコピー」についても、原本還付が可能です。この場合も、コピーの余白に「原本と相違ない」旨を記載し、代表者印を押印します。ただし、免許証の原本(カード自体)を法務局へ郵送するのはリスクが伴うため、実務上は「原本提示」のみで済む窓口申請か、あるいは最初から原本証明付きのコピーを「原本」として提出し、還付を求めないケースも多いです。
原本還付におけるコピー(写し)の作成と編綴(ホチキス留め)
原本還付の手続きは、単に原本を返すというものではなく、「原本のコピーを法務局に残し、代わりに原本を戻してもらう」という交換のプロセスです。そのため、提出するコピーには「原本と同じ内容であること」を保証する特定の処理が求められます。
「原本と相違ない」旨の証明(原本証明)
コピーの最後のページ、または余白に以下の文言を記載する必要があります。
「本謄本は原本と相違ありません。 株式会社〇〇 代表取締役 〇〇 (印)」
この一文と代表者印があることで、そのコピーが公式な控えとして機能します。複数枚にわたる場合は、各ページの境目に「契印(割り印)」を押すか、袋綴じ(製本)をして裏表紙に割印をします。
提出時のまとめ方
一般的には、以下の順序で重ねて提出します。
- 登記申請書(収入印紙貼付台紙含む)
- 原本還付請求書
- 添付書類のコピー一式(原本証明付き)
- 委任状(代理人の場合)
- 添付書類の原本一式
原本とコピーを分けてクリップ等で留め、「原本はこちらです」と一目でわかるようにしておくのが、法務局担当者への配慮であり、ミスを防ぐコツです。
電子申請(オンライン申請)における原本還付
デジタル化が進む中で、法人登記もオンラインで完結できるケースが増えています。電子申請では、紙の書類のやり取りがPDFデータに置き換わるため、「原本を還付してもらう」という概念自体が少し変化します。電子申請ならではの特有の処理について解説します。
PDF送信と原本提示の役割分担
電子申請では、議事録等をスキャンしてPDF形式で送信します。この時点では「原本を法務局に送っていない」ため、還付という概念は生じません。原本は自社の金庫に保管したままです。
「郵送による原本提出」が必要な場合
ただし、定款や特定の承諾書など、システム上で完結できない書類や、法務局から原本の提示を求められた場合は、後日原本を郵送(または持参)することになります。 この際、何も考えずに原本だけを送ってしまうと、返却されません。電子申請であっても、「原本+コピー+原本還付請求書」のセットを郵送するというルールは書面申請と同じです。
電子署名がある場合の扱い
クラウドサイン等の電子署名サービスで作成された議事録(電子文書)の場合、そもそも「紙の原本」が存在しません。この場合は、電子文書そのものを送信するため、還付手続き自体が不要となります。
原本還付でよくあるミス・トラブル事例と解決策
原本還付は定型的な作業に思えますが、細かな不備によって原本が返却されない、あるいは再申請が必要になるといったトラブルが後を絶ちません。
ここでは、実際の現場で起こりがちなミスを挙げ、その予防策とリカバリー方法を提示します。
最大の失敗:請求書を入れ忘れた
申請後に気づいた場合、速やかに管轄の法務局の担当窓口(審査部門)へ電話してください。審査が完了して「完了」の印が押される前であれば、追完(後から提出)を認めてもらえる可能性があります。ただし、すでに手続きが終わっている場合は、返却が非常に困難になります。
コピーの不鮮明・端欠け
スキャナーやコピー機の性能により、文字がかすれていたり、ページの端にある「捨印」が切れていたりすると、原本還付が認められません。法務局は「原本と同じ内容がコピーに残っていること」を絶対条件とするためです。提出前に全ページをめくり、可読性をチェックしてください。
割印(契印)の漏れ
複数枚の議事録のコピーを提出する際、ページ間に割印がないと「ページの差し替えが可能」と判断され、原本証明が無効になる場合があります。製本テープを使って「袋綴じ」にすると、割印の箇所が少なくて済み、ミスを減らせます。
登記完了後の原本の受け取り方法
登記申請が無事に受理され、審査が終了した後は、いよいよ原本を回収するフェーズに入ります。受け取り方法は「窓口」か「郵送」かによって準備すべきものが異なるため、自社の都合に合わせて適切な方法を選択しましょう。
窓口での受け取り
登記が完了すると、法務局から連絡があるわけではありません。標準処理期間(通常1週間〜10日程度)を目安に窓口へ出向きます。
持参するもの:
- 申請時に使用した印鑑(または受領印用の認印)
- 身分証明書
- 申請の控え
郵送による受け取り(返信用封筒の準備)
遠方の法務局へ郵送申請した場合は、返却も郵送で行われます。
準備するもの:
- 宛名を記載した返信用封筒
- 書留・簡易書留等の郵便切手
- 原本は非常に重要な書類ですので、追跡可能なレターパックプラス等を利用するのが実務上の常識です。
司法書士に依頼する場合の原本還付
これまで解説してきた原本還付の手続きは、専門家である司法書士に依頼することで、すべて代行してもらうことが可能です。ご自身で行うのが不安な場合や、確実性を重視したい場合に、司法書士を活用するメリットについて解説します。
プロの管理による安心感
司法書士は、どの書類を還付すべきか、どの書類に原本証明が必要かを熟知しています。依頼者は原本を預けるだけで、登記完了後に「整理された状態」で原本と登記事項証明書を受け取ることができます。
費用対効果の検討
司法書士への報酬は発生しますが、原本紛失のリスクや、法務局へ何度も補正に通う手間、再作成にかかる役員の工数を考えれば、十分に価値のある投資と言えます。特に「定款変更」や「複雑な役員改選」が絡む場合は、専門家の介入が望ましいでしょう。
まとめ:原本還付を成功させるための最終チェックリスト
法人登記の原本還付は、知識さえあれば難しいことではありません。しかし、その「小さな手間」を惜しむと、会社にとって大きな損失を招く可能性があります。最後に、漏れがないかを確認するためのチェック項目をまとめました。
【申請前の最終確認ポイント】
- 還付リスト: 議事録、承諾書、辞任届など、返してほしい書類が漏れていないか?
- 請求書の添付: 「原本還付請求書」という独立した書面が申請書に含まれているか?
- コピーの質: 全てのページが鮮明にコピーされ、原本証明(相違ない旨の記載と押印)がなされているか?
- 契印・割印: コピーが複数枚の場合、ページをまたぐ押印が漏れていないか?
- 返却ルート: 窓口に行くのか、郵送(切手付き封筒)を同封したか?
原本還付は、登記を無事に終わらせるだけでなく、「登記が終わった後の会社運営を円滑にする」ための重要なステップです。この記事を参考に、万全の準備で登記申請に臨んでください。

